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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1304号 判決 1990年1月25日

平成元年(ネ)第一三〇四号事件控訴人 同年(ネ)第一三七九号事件被控訴人 (以下「第一審被告」という。) 株式会社 ヴィクトリア

右代表者代表取締役 市川義彦

右訴訟代理人弁護士 田原勉

平成元年(ネ)一三〇四号事件被控訴人 同年(ネ)第一三七九号事件控訴人 (以下「第一審原告」という。) 株式会社 リーダーズ・トウエンテイワン

右代表者代表取締役 山田精一

右訴訟代理人弁護士 宮下明弘

宮下啓子

主文

一、(第一審原告の第一審被告に対する債務不履行を理由とする請求につき)第一審被告は、第一審原告に対し、二一五〇万円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二、第一審原告のその余の右請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

四、本判決主文一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(平成元年(ネ)第一三〇四号事件)

一、第一審被告

1. 原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2. 第一審原告の請求を棄却する。

3. 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

二、第一審原告

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は第一審被告の負担とする。

(平成元年(ネ)第一三七九号事件)

一、第一審原告

1. 原判決を次のとおり変更する。

2. 第一審被告は、第一審原告に対し、四三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

4. 2項につき仮執行宣言

二、第一審被告

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二、当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加又は削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、第一審被告の主張

1. 行政指導による事実上の建築制限は、売主たる第一審被告が宅地建物取引業法上説明義務を負うべき法令上の建築制限に当たらない。

2. 第一審原告は、本件土地について建築を制限する行政指導が行われていることを知っていた。仮に右行政指導が行われていることを知らなかったとしても、知らなかったことに過失がある。

3. 本件土地に対する行政指導に従っても、本件土地上に鉄骨三階建の共同住宅を建築することは可能であった。

本件解除後に第一審被告から本件土地を買い受けた松仲産業株式会社は、昭和六三年一一月、本件土地上に第一審原告の建築プランと実質的に同一の鉄筋コンクリート造三階建共同住宅を建築しているのである。したがって、本件売買契約の目的達成は不能となっていない。

4. 第一審原告の解除権の行使は権利濫用である。

すなわち、第一審原告は、通常の相場より安い代金で本件土地を取得し、しかも、当初の予定どおり三階建共同住宅を建築することは可能であったにもかかわらず、河川区域拡張予定地を除いた本件土地上に三階建共同住宅が建築できないとの誤認・誤解に基づいて本件売買契約を解除したものである。しかし、右のように建築は可能なのであり、仮に若干建築計画を変更しても、建物全体としては大きな変化がなく、建物の商品価値の低下や販売面での不利益を受けるおそれは全くなかった。それにもかかわらず、本件売買契約の解除を認めることは、著しく信義に反する結果を招くことになる。

5. 原審における訴えの変更に対する異議を撤回する。

二、第一審被告の主張に対する第一審原告の答弁

第一審被告の右1ないし4の主張はすべて争う。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、本件売買の経過について

1. 第一審原告及び第一審被告が不動産の売買を目的とする会社であることは、当事者間に争いがない。

<証拠>によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  第一審原告は、分譲マンションの建設用地を探していたところ、昭和六一年一二月五日、不動産仲介業者である株式会社岡一商事(以下「岡一商事」という。)から、ファックスで、売買物件として第一審被告所有の本件土地の物件概要と実測図が送られてきた。右実測図によると、本件土地は一級河川白子川の川岸に沿う形でほぼ長方形状に存在する土地であるが、本件土地が川側境界線の真中あたりで川に接する地点の両側に、本件土地と川に挾まれた形で二つの細長い三角状の土地のあることが記載されていた。

(二)  第一審原告の取締役営業部長の山田精一は、翌六日現地を見分に行き、買受けを検討する価値があると思ったが、右実測図に示されている三角状の二つの土地が何であるかを確認しておく必要があると考え、岡一商事の担当者中村健一に電話で聞いたところ、「おそらく建設省の所有地であろう、川沿いに遊歩道ができる計画があるが、建築には差支えがない。」との返事であった。山田は中村に対し、役所に問い合わせて調べてくれるよう更に依頼し、同月八日、中村から、調べたところ建築については心配がないとの回答を得た。そこで、山田は、自分が現地を見分した際に本件土地の隣地に白子川に接して新築に近い木造二階建ての建物が建っており、その対岸には四階建てくらいのコンクリート造りの建物が立ち並んでいたことや、遊歩道が作られる程度であれば本件土地にさして影響が及ばないことを思い合わせて、本件土地には建築上の支障はないものと判断し、その点についてそれ以上の調査、確認の措置をとらなかた。

(三)  右判断に基づき、第一審原告は、採算面を検討するため、建築設計事務所に三階建てALCアパートのラフプランの作成を依頼し、同月一二日、本件土地の川寄りの部分にベランダを川と反対側にした三階建て戸数約二七戸のワンルームマンションを建築することが可能であるとする本件ラフプランを得た。これにより、第一審原告は、本件ラフプランのとおり実現できれば採算面でも問題がないとし、第一審被告から本件土地を購入する手続を進めることにした。

2. <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  本件売買では、買主の第一審原告側に岡一商事が、売主の第一審被告側に宅建業者である株式会社久峰(以下「久峰」という。)がそれぞれの仲介人となり、更に、右両仲介人の間に和光という業者が介在した。

(二)  昭和六一年一二月一七日、第一審原告は、第一審被告の仲介人である久峰が作成した本件土地に関する重要事項説明書を受領した。右説明書には、裏面の「(1) 都市計画法、建築基準法に基づく制限」欄の「その他の制限内容」の項に「補足資料参照の事」と手書きされ、また、その下段の「(2) (1)以外の法令に基づく制限」欄の「制限の概要」の項に「一級河川改修計画有り(拡幅)」と手書きされていたが(後者の記載があったことは当事者間に争いがない。)、右の補足資料らしいものは添付されていなかった。しかし、山田は、右の補足資料というのは先に岡一商事から送られてきた本件土地の物件概要か実測図のことであり、また、「河川改修計画有り(拡幅)」というのは中村から聞いていた前記遊歩道の開設に伴う拡幅のことであり、その程度の拡幅であればたいした減歩にはならないと思い込んで、ほとんど気に留めなかった。

(三)  ところが、実際には、白子川流域においては、昭和五八年建設大臣の認可に係る白子川改良工事全体計画に基づく河川拡幅の計画があり、東京都建設局にある拡幅予定線を入れた流域土地図面によると、本件土地の川側約三分の一が右拡幅計画部分に入ることになっていた(本件土地の一部が右拡幅計画の対象土地であったことは当事者間に争いがない。)。そして、本件土地の右拡幅計画部分については、河川法による河川予定地の指定はまだされていないものの(本件土地から数百メートル下流の土地は昭和六〇年五月に右指定を受けていた。)、本件土地における建築確認事務を所管する練馬区建築主事は、右拡幅計画部分には建物を建築させない行政指導をしており、これを無視した建築確認申請について確認を受けることは事実上難しい状況にあった(以下、右河川拡幅計画による本件土地の事実上の建築規制を「本件建築規制」という。)。

(四)  第一審被告は、第一審原告から、本件土地を買い受ける目的が分譲用三階建て共同住宅の建築であることを聞いていた。また、本件土地につき前記河川拡幅計画があることも知り、東京都建設局にある拡幅予定線入りの図面を入手して、本件土地の三分の一くらいが拡幅計画部分に入ることや、拡幅計画部分に建物の建築を認めない行政指導が行われていることを知っていた(これらの事実は、第一審被告が右行政指導を知っていたとの点を除き、おおむね当事者間に争いがない。)。しかし、第一審被告としては、右拡幅計画部分に建築ができなくても、拡幅計画部分の面積を建築確認の際の敷地面積に含めることができるから、三階建共同住宅の建設には大きな差支えはないはずであるとの見解の下に、本件建築規制のことはあまり重要視していなかった。ただ、本件土地の代金は近隣土地の相場より安くしていた。

3. <証拠>によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  昭和六一年一二月一九日、第一審原告は、本件土地を代金二億一五〇〇万円で第一審被告から買い受ける契約を締結し、手付金として二一五〇万円を同日第一審被告に支払った(この事実は当事者間に争いがない。)ほか、残代金一億九三五〇万円は翌年一月二〇日に支払うこと、売主又は買主の一方が右契約に違反したときは、その相手方は契約を解除することができ、それが売主の義務不履行に基づくときは、買主に対して既に領収ずみの手付金の倍額を支払わなければならず、また、買主の義務不履行に基づくときは、売主に対して既に支払ずみの手付金の返還を請求することができないことなどを約した。

右売買契約締結の席には、第一審原告の山田及び第一審被告の代表者らとそれぞれの仲介人である岡一商事及び久峰の担当者が立ち会ったが、本件建築規制のことについては第一審被告側から何も説明はなかった。

(二)  昭和六二年一月一三日ころ、第一審原告の依頼した建築設計事務所が本件土地に杭打ちをするについて相談するために練馬区役所に赴いたところ、本件建築規制があること及び拡幅計画部分については建築確認を出さない方針であることを知らされ、更に、敷地面積の計算上も拡幅計画部分を除いてほしいとの意向を示された。

(三)  第一審原告は、早速、第一審被告及び久峰らの関係者を集めて説明を求めたが、第一審被告側は、河川拡幅予定線入りの図面が第一審原告側にも渡っているはずであるとか、拡幅計画部分を除いても三階建て共同住宅の建築ができるから違約はないなどと主張して、物別れに終わった。そこで、契約目的を達しがたいとする第一審原告は、同年一月二〇日、本件売買契約を解除するとともに、支払ずみ手付金の返還を請求した(右解除の事実は当事者間に争いがない。)。

4. <証拠>によると、昭和六二年三月六日に第一審被告から本件土地を買い受けた松仲産業株式会社は、本件土地に鉄筋コンクリート三階建て共同住宅を建築するについて、同年一一月七日練馬区建築主事から建築確認を得たが、右確認申請では、本件土地の面積全部を建物の敷地面積とした上で、建物自体は前記拡幅計画部分にかからないように建築することにし、そのため、右共同住宅のバルコニーの位置や間取りの取りかたなどが本件ラフプランのそれと異なる構造となっており、そのような建物は第一審原告としては意に沿わないものであることが認められる。

5. 第一審被告は、本件建築規制については、第一審原告に説明したし、第一審原告も宅建業者として本件売買契約当時そのことを十分知っていたと主張し、成立に争いのない甲第九号証の記載及び前掲証人佐々木、同矢後の供述中にもこれに沿う部分がある。しかし、これらの記載及び供述は、具体性を欠くか推測に基づくものであって、たやすく採用することができない。売買目的物に関する基本的資料として交付された重要事項説明書の記載内容は前認定のようなものであり、それ以外の機会に本件建築規制の内容等が第一審原告側に説明されたことをうかがわせる客観的事実が認められないこと、並びに前認定の一連の経過に照らせば、本件売買契約当時、第一審原告側は本件建築規制について知らなかったと認めるのが相当である。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、第一審被告の説明義務不履行を理由とする契約解除について

1. 先に認定した第一審原告の本件土地の買受目的からすれば、本件建築規制の存在は、第一審原告が売買契約を締結するについて重大なかかわりを有する事柄であったというべきである。他方、右買受目的を承知していた第一審被告としては、本件建築規制の存在と内容を具体的に知り、関係図面も入手していたのであるから、売買契約の締結に当たり、右情報を買主である第一審原告側に説明することは極めて容易であったと認められる。しかるに、第一審被告側から第一審原告側に伝えられた情報は、前認定のように重要事項説明書の「補足資料参照の事」「一級河川改修計画有り(拡幅)」との記載のみであって、契約締結の際の重要な事項に関する情報の提供としては不十分なものであったといわなければならない。

2. もっとも、本件売買のように売主及び買主がともに宅建業者である場合には、買主にも業者としての専門的知見と調査が期待されるから、売主から買主に対して説明すべき情報の内容、程度等も一般の場合と全く同一であるとはいえない。もし買主である業者が右の期待される専門的知見を欠き又は調査を怠ったために、不十分な情報に誤導されて売買をするに至ったときは、買主もまた、自らの被った損害につき過失の責を負うべきことは後記説示のとおりである。

しかし、第一審被告は、売主として、本件建築規制について提供の容易な情報と資料を保有し、それが買主にとって重要なものであることを認識し得る職業的立場にあったことを考えると、本件においては、右の保有情報を正確かつ十分に買主に伝達することが円滑な取引のための第一歩であり、業者が買主であるがゆえに、前記の程度の情報提供で足りるとか、それ以上を要求することが取引上無理であるとは認められない。本件売買契約は、第一審原告の既得の誤った予備知識と第一審被告の提供した情報の不十分さとが競合して締結されるに至ったものと見るべきである。そして、第一審原告側に右の不十分な情報しか伝達されなかった経緯は、証拠上明らかでないけれども、第一審被告の責に帰し得ない事由によると認められない以上、第一審被告は、本件売買契約の締結につき、売主として要求される説明義務を十分尽くさなかった責任を免れないというべきである。本件建築規制が行政指導による事実上のものであるというだけで、右説明義務を免れ得るものではない。

3. また、第一審被告において、第一審原告が本件建築規制を知っていると信じ、又は本件建築規制の存在が三階建て共同住宅の建築上さして障害にならないはずであるとの判断を有していたとしても、前認定の経過に徴すれば、第一審原告の認識や判断がそのようなものであると信ずべき確実で客観的な根拠があったものとは認められない。本件売買契約締結の当日には、双方の当事者及び仲介人が同席しているのであるから、少なくとも、その席で第一審原告にその点を確かめてみる程度のことは、説明義務の一環として期待されて然るべきであったと考えられる。

4. 以上の説明義務は、第一審原告及び第一審被告に適用される宅地建物取引業法三一条、三五条の規定を引くまでもなく、売買契約における信義則から導かれる広義の契約上の付随義務の一種であり、第一審被告は右契約上の義務を履行しなかったというほかないから、第一審原告は、これを理由として本件売買契約を解除することができるものというべきである。そして、第一審原告が昭和六二年一月二〇日本件売買契約を解除したことは前示のとおりである。

5. 第一審被告は、右契約解除が権利の濫用であると主張するが、本件全証拠によっても右主張を認めることはできない。

三、手付金倍額の支払請求について

1. 本件売買契約において、第一審被告の義務不履行により契約が解除されたときは、領収ずみの手付金の倍額を第一審原告に支払う旨約定されていること及び右領収ずみ手付金の倍額が四三〇〇万円であることは、前認定のとおりであり、この約定は、特段の事情のない本件においては、損害賠償額の予定と推定される。

2. しかるところ、前認定の事実によれば、第一審原告の山田は、仲介人である岡一商事の担当者の「遊歩道の計画があるが、建築には心配がない」との言を鵜呑みにし(その具体的根拠を確認していない。)、その後に第一審被告側から「一級河川改修計画有り(拡幅)」との記載のある重要事項説明書を受領した際にも、業者としての知識・経験上、右不十分な記載に疑念を持ち、関係官庁の調査等を容易になし得たにもかかわらず、右記載を軽率に解釈して、信頼のおける調査を一切行わなかったばかりでなく、第一審被告側に対してその内容を問い合わせることすらしなかったものである。これは、専門業者たる第一審原告が本件土地で計画していた事業規模等から見て、買主として尽くすべき注意と慎重さを怠ったものであり、過失の責を免れないというべきである。

3. そこで、第一審原告の右過失を考慮し、前記手付金倍返しの約定の合理的意思解釈と公平の見地から、前記損害賠償予定額四三〇〇万円のうち、第一審被告が第一審原告に支払うべき賠償額は二一五〇万円をもって足ると認めるのが相当である。民法四二〇条一項後段の規定は、右のような減額までを禁じるものではないと解すべきである。

四、結論

以上の次第で、第一審被告の説明義務違反による売買契約の解除を理由として手付金倍額の支払を求める第一審原告の本件請求は、右二一五〇万円及びこれに対する返還請求の翌日である昭和六二年一月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

第一審原告は、右請求のほかに、瑕疵担保による売買契約の解除を理由とする手付金倍額の支払及び錯誤による売買契約の無効を理由とする手付金の返還を選択的ないし予備的に請求しているが、前者の請求は、仮にその主張の契約解除が是認されても、右に判断したところと同一の結論に帰する請求であり、また、後者の請求は、右に認容すべきものとした数額を超えない請求であることが明らかである。したがって、説明義務違反による売買契約の解除を理由とする手付金倍額の支払請求につき、本判決主文において、右に説示したとおりその一部を認容し、その余を棄却する裁判をすることにより、これらの選択的ないし予備的請求について更に判断する必要はないものというべく、錯誤による売買契約の無効を理由とする手付金返還請求を認容した原判決は、その取消を宣言するまでもなく当然失効するものと解される。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 山中紀行 小林正明)

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